コンピューターによる組版がはじまった。オペレーターは元活版職人のおじさんがたである。「電算写植機のオペレーターを、コンピューターを知っている若い新入社員にするか、コンピューターは知らないが印刷を知っているベテラン活版職人にするか」と父に訊いたとき、ためらわず「ベテラン活版職人にしろ」と答えが返ってきた。というより、N印刷にとってそれ以外の判断はありえないようだった。「奥付にN印刷とはいる以上、変なものを出すわけにはいかない」父は厳しくN印刷の作る印刷物の品質にこだわった。印刷の職人は十年、二十年という修業期間のあいだに、印刷組版の美しさというものを理屈ではなく体で覚えていく。彼らは組版の原則に外れた印刷物を見ると、どこが悪いと理屈でわかるのではなく、「なんとなく気持ちの悪い」組版と感じることができる。その感覚が大切だと言うのだ。ベテランの活版職人がコンピューターに挑んだ。いまでこそコンピューターは中高年にも簡単に扱えるものになっているが、一九八〇年代のコンピューターは指示を直接キーボードから打ちこむ、いわゆるコマンドライン入力だった。それこそコンピューターはごく限られた人の使う特殊なもので、機能をフルに使いこなすために扱いやすさは犠牲になっていたのだ。OSは科学技術計算用のUNIXだった。そこに活版の職人が挑んだ。
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