映画「ゴッドファーザー」で、三男のマイケルがひと目惚れするアポロニアのような「銃より危険」で「ギリシヤっぽい女」に出会うこともない。何軒かの家の前にツリーが飾られていたので気がついたが、今夜はクリスマス・イブである。イタリアにはキリスト教徒が圧倒的に多いことを考えれば、もう少し活気があってもいいのではないかと思う。それとも家族全員がクリスマス料理の準備に追われているのだろうか。店もレストランも閉まっているところばかりが目につく。コルレオーネについてなにか知っておきたいと、出発前に何冊かの本を読んだ。そしてどの本もきまったように、コルレオーネの村人の口が堅いことを述べている。ある本は、例えば、一九二五年にコルレオーネで生まれた冷酷な殺し屋、ルチアーノ・リッジョについて三〇人ほどの村人に聞いたところ、リッジョを知っていると答えた人は一人もいなかった、としている。そして、かかわりあいになるのを恐れてか、ほかの質問にも口を閉ざし、逃げ出す人もいたといい、極貧の農家の一〇人目の子供として生まれたリッジョは、幼いころから脊椎に障害があり、歩くのにも困難をきわめ、青白い顔はいつも苦痛にゆがんでいた。しかも大の学校嫌いで読み書きも十分に出来ず、性格も短気で人を寄せつけようとしなかった。そんなリッジョは、指先一本で意のままになる銃の魅力に次第にとりつかれていった。最初の殺人は一九四五年、リッジョが二〇歳の時のことで、相手は畑の見張り番だった。作物を盗んだリッジョを警察に知らせたことへの報復であった。このようにリッジョの冷酷無情な人殺し人生がはじまったが、同じ年に、今度は土地の管理人ガベロットを射殺し、そのあとがまについた。リッジョは仲間うちでも一目置かれるようになっていったが、当時のコルレオーネは縄張り争いが激しく、死者も四五年に一六人、翌年が一七人、四七年が八人を数えるなど、夜のコルレオーネの路地裏では銃声が響き、血の粛正がくり返されたのである。その後もリッジョは地主を脅しては土地を奪い、盗んだ家畜を処理してはパレルモに運び、莫大な利益をあげていくが、一九五〇年代に入ってからはパレルモに進出、政治家や有力者を抱きこんでは不法な建築投機や土地の買占め、麻薬や煙草の密売で巨額な富を手中にしていくのである。殺人容疑で起訴され一一回も裁判にかけられたが、その都度裏から手をまわし、無罪をかちとってきたコルレオーネのドン、ルチアーノ・リッジョだが、ついに年貢の納め時が来た。一九七〇年になって、一二年前の殺人事件の無罪判決が破棄され、リッジョは収監される。終身刑であった。コルレオーネでは、なぜマフィアのことを口にするのはタブーなのだろうか。よそ者への警戒心もあろう。コルレオーネを訪ねる旅人のほとんどは、ここがマフィア発生の地ときめつけて来る。村人にとってあまり愉快な話ではない。同時に村人にとっては、マフィアの恐ろしさが骨の髄までしみこんでいるといっても、言い過ぎではないだろう。警察でも、役場でも、店先でも誰もがけっして積極的には話してくれないという。